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中学時代、虐めに会い
[生きる場所がない。]
と感じた安正は、引き隠り中に
中古ゲームから流れてきた
音楽に引き込まれた。
「なに?この楽器。」
それが二本の弦に弓をあてて弾く
二胡という楽器だと
母が教えてくれたのが、二胡との
運命的な出会いとなった。
その音色を彼が初めて
耳にしたわけではない。
何度か、もう死のうと思って、
首にロープを巻いたりした時
鼓膜の奥でカサコソと微かに響いていて、
前から聞いていた音だった。
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二胡を手にしてからも、彼はその後
5年近く引き隠りを続け、
片時もその楽器を身から離さない。
それこそ抱いて寝た。
幸い、片田舎の旧家の古い母屋にも
ネットの回線は引かれて
それである程度この楽器の知識を得たが、
二胡を抱いて寝て三年目あたりから
彼の抱えるこの楽器からメロディが流れはじめた。
元々この楽器に楽譜などない。
「音を出してメロディを奏でるのは
死への人間の憧れだ。」
と思った彼。
しかし大きな間違いではないが
明らかに違う。
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まどろっこしい言い方だが月光を
音に変換する装置が二胡。
それを偶然
無意識に自分の全ての生活に取り込んだ彼は、
美しい母体を引き寄せた。
二胡の音色に実母の母が心も身体も染められ、
定めに導かれるように実の息子に身を委ねる。
実は、彼がメロディを奏でたが無音だった。
その無音の振動が母体と共振しただけだが、
最初に母体と契った深夜、
彼は蒼白い月の光に誘われ
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興奮した心身を鎮めようと、
家の裏庭に出た。
この家に古い大きな松の木があり
彼が今、二胡を手にしてない心細さから、
何気なくその老松に手を触れた。
偶然、松脂が指に触れたとき
彼の脳裏に閃きが走った。
その閃きのほとんどの心象光景は
美しい母の白い裸身だった。
が、指に残った松脂が、
この夜の月光の贈り物だったと
理解した
二胡の弓に松脂を塗ったら、
はじめて音が出た。
体が震え、涙が止まらなくなった。
この楽器が彼の体の一部と化して
五年が経っている。
まるで若い僧のように肩を震わせている彼が、
解脱した瞬間とはこういうのを
言うのだろう。
彼には生きることも
死ぬことも
大した意味がなくなる。
心の流れのまま
二胡を奏で
妖麗な母を抱いた。
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田舎町の収穫祭の夜。
田で焚かれた篝火が微かに香る
屋根裏部屋で、
智子は息子に抱かれていた。
均整がとれて非の打ち所のない
真白な裸身が、
今は二胡そのもののように
愁いを秘めた音を奏でている。
やがて絶望の底へ堕とされ、
闇を切り裂く悲鳴を上げていく。
ヒトの耳に聞こえない
母の発した悲鳴は、
町の夜空から月を消した
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ものの十分か二十分程の
時間だった。
天が真黒になりざわついた。
どこから集まったのか
無数のコウモリが夜空を飛び交い、
月を隠す。
無論この騒ぎを知らず
交わっていたが
後から聞かされた母は
背筋が凍るほどの恐怖に
包まれる。
息子の子を宿した夜。
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受精したと解る瞬間の
出来事だったから。
母は聞こえない二胡のメロディーを
聞き息子の女になった。
その自分が発したアクメに
堕ちた悲鳴が、蝙蝠を呼び集め
闇の子の誕生を世に
知らしめたのではないか?
と思えたからだ。
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