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卓也と美智子

未月



もう、いつ頃から思い詰めていたのか。
実の母が好きでたまらなくなった息子。
母の美智子が上京したとき、胸の内を告白し
茫然となった母を抱き締めてしまった。
強引に口を合わせようとしたが、
「こんな事はいけない!」
と言って息子の体を押し返すと帰ってしまった。
母に拒否され、想いは更に募った
東京の下宿先から、夜遅く家の近くまで来て、
息子は母の携帯にメールした。
「家の近くにいるから出て来られない?」
息子の必死の想いが智恵子に通じたらしい。
20分か30分して、小走りに駆け寄ってくる
母の姿を目にし、嬉しくて泣きたくなった。
戸惑いと不安げな表情で無理に笑顔を
見せようとする母を有無を言わさず
強く抱き締めてしまう
母親は息子の胸の中で厭々をした。
身体を左右に揺するが、この前のように息子を押し返そうと
しなかった。
更に力いっぱい抱き締めた。
それ以上のことはなにも出来ない。
する気もなかったし、不純ではなかった。
下宿の部屋で抱きついた時は気持ちが
情欲に従ってしまった。
が、不純な気持ちには
今はさらさらなれなかった。
母を抱き締め、直に肉体の感触を感じられたら、
すぐにそのまま帰ろうと思っていた
「気のせいかな?」
木

母親の身体は一回りも二回りも小さく、
それでいて、まったく別人の一人の女としての
存在感に圧倒された。
不用意に、簡単には、母の唇なんか求めてはいけないように思う。
そんないろんな思いが頭の中で渦巻きながら、
ますます骨が折れそうな程母親の上体を抱き締めた。
卓也の五感が全て無くなったように母も、
すべての感覚を自ら消し去った。
なにも見えないし、聞こえない。
立場を忘れ、状況を忘れ。
母子ということも忘れ去った。
全部を頭から消し去ると
一人の素の女になりきっている自分を、
不思議にも思わない。
二人にとっては時間さえ消えていたが、
ゆっくり月が登ると
ひとつ。
又、ひとつ。
と、住宅地の家の明かりが消えていった
ふたりが頭を空虚にして抱き合っている間に、
ふたりの血が全部入れ替わったようだ。
さっぱりして爽快な気に満たされる。
母親はようやく薄目を開け、今の現状を知ろうとした。
自分の両手が息子の首に回され、自分の顎が息子の肩に
乗っていることを知った。
その時母親は気づかなかった。
そっと目を閉じた瞳から、涙が一滴流れ出したことを。

母の流した涙を、寄せ合った頬で感じた息子は、
それで又、自分の体が脱皮した実感に襲われる。
寂莫感と歓喜を同時に受け少年から大人へ移行する。
息子の体がひとまわり膨らんだことに気が付いたのは
母親の方だった。
わけもなくうれしかった。
「もっと強く抱いて。」
嬉しい気持ちをそう呟いて息子に伝えている
その声を耳にした息子は、もう一度渾身の力で母を抱き締め、
気が晴々となった。
ようやく時間が気になり、思考が戻る。
これでもう満足だから帰ろうとした。
何時になったのか。
電車があるのか。
もうそんなことはどうでもいい。
「ありがとう、母さん。」
四軒先が自分の家だから、
母をこのままにして帰ろうとすると、母親が手を握って離さない。
「だって、もう時間が遅いから。」
と言おうとして、母親も何時なのか判らない

「だって。」
もう一度、おなじ呟きを漏らすと、ただ息子の目を見つめた。
「だって。」
さらにもう一度、さらに低く呟く。
母親は涙を流しはじめる。
なぜ泣き出したのか。
自分でもわからない。
ただ切なくて仕様がなくなる。
切ない気持ちは、じっと立っていられなくなる程強くなってくる。
その母の涙が息子に感染した。
息子も泣き出してしまった。
月になりきれない月が未月として二人を照らすだけだった。

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