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母との別れ

今にも降りだしそうな曇り空を眺めつつ、
浩介は、何度目かのため息をついた。
今月に入ってからずっと雨。
こうも悪天候が続くと、唯でさえ湿りがちな気持ちが
尚更暗くなるようだ。
「浩介! 浩介はいるかや」
「今降りていくから。」
階下で祖母の叫ぶ声に応え、やれやれと腰をあげた。
愛知の祖父母の家に浩介がやってきてから、
三ヶ月あまり経っていた。



元ネタ
ぴんくちゃんねる(2ちゃんねる) エロパロ板
母親が他人に犯される小説(創作)スレ 7 母との別れ氏 作

http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1183549468/

半年前に父、陽一が事故死してからというもの
環境が激しく変化した。
新宿で「フラジャイル」という名前の
陽一と数名のホステスだけの
こじんまりとしたバーを営んでいだ。
千織は、亡き夫が愛着を持っていたフラジャイルを
他人の手に渡すことは忍びなく
商売の経験がないながらもマダムとして、
店の経営を引き受けることにした。
当然親族はこぞって大反対する。
曰く
「素人がいきなり飛びこんでなんとかなる世界じゃない。」
「一人息子の浩介はまだ小学生だ」
「夜の仕事となれば誰が世話をするのか。」
と。
そもそも、陽一が死ぬかなり前から、フラジャイルの売り上げは
低迷していた。
が、それこそが彼女を店に固執させた。

・・・水商売の世界でずっと生きてきてやっとの思いで
手にした自分の店。
彼が店を再生させようと死の間際まで奮闘していた様子を、
妻である彼女が一番間近で見ている。
(ここで簡単に諦めてしまうのは、いかにも申し訳ない。)
そう感じるのだ。
夫に恥じないようにがんばってみたいのだ。

決意を固めた千織は、まず浩介にその旨を伝えた。
浩介はまだ12歳だが、母がおとなしいが言い出したら聞かない
と知っていたので、反対しなかった。
なにより母の郷里の愛知へ引っ越すことを考えると
このままの生活を送りたかった。
しかし、小さいバーとは言え水商売は、、
まったくの素人の千織には荷が重い仕事だった。
母親業と両立することなど無理な話だった。
三ヶ月前。
浩介は一人東京を離れ祖父母のもとに
預けられることになった。
「おみゃあさんのお母さんも呆れた女がね。」
「儲かりゃせん店なんか売り払っちまえばええが。」
「まだちんまいお前を放っぽるようなことして」
祖母が冷えた西瓜を切り分けながら、
彼の耳にタコのできた愚痴を言っている。
「何度言えば・・・・・。」
「母ちゃん頑張ってるんだから。お婆ちゃんにはそれが解からないんだ。」
浩介は癇を立てて、叫ぶように言った。
「店なんか売り払ってしまえば一緒に暮らせる・・・」
祖母の言葉は、実は浩介の心の底の願いと一致していたのだが、
たとえ祖母とはいえ、母親のことを悪く言われるのが厭で、
彼は叫ばずにいられなかった。
祖母はその言葉に、ふと包丁を動かす手を止めて、浩介を見る目を細めた。
「・・おみさんはいい子だ」
祖母の言葉に、浩介はぷいっと横を向いた。
窓の外では降り出した雨が、庭をしっとりと濡らしていた。


浩介はクラスで最初に仲良くなった
啓太と近くの神社の境内で
虫を採って遊んだ後、啓太の家にいた寄せてもらった。
啓太の家には何度か遊びに来ている。
来るたびに啓太の母親があれこれと優しく世話を焼いてくれ
それが嬉しくて、浩介は啓太の家へ行くのがいつも楽しみだった。
「あらあら、今はだいぶ採ったのね。世話をするのが大変じゃない?」
啓太の母親は虫かごの中身を見ると呆れたように言った。
「浩介と分けるから大丈夫。」
「それよりジュースが飲みたい」
「判った。」
彼女はこっちを向くと
「浩介くん、ゆっくりしていってね」
そう言って浩介にニコリと微笑み台所へと消えていった。
浩介は思わずため息を吐いた。
「いいなあ。:
「あんな優しいお母さんがいて」
「優しくなんかないぜ。」
「いつも勉強しろだの、手伝いしろだの」
「うるさくて」
手をぶらぶらさせながら、啓太はしかめ面で言う。
「それでもお母さんがいるだけいいよ。」
「俺なんかもう・・・・何ヶ月も顔見ていないもん。」
「ああ、浩介の母ちゃん東京だったね。」
「なんか大変だがね、それって」
大人ぶって訳知り顔をする啓太に、浩介はぷっと噴き出した。
笑いながら、なぜか母の顔が胸に浮かび、胸が疼いた。
それまでも長い休みの度に訪れていたので、祖父母との暮らしに馴染むのに、
さほど時間はかからなかった。
祖母は世話焼きであれこれと気を遣ってくれ、祖父は無口で気難しかったが、
折につけ、ものを買ってくれたり、銭湯に連れていったり可愛がってくれた。
幼いうちに父親に死なれ、母親と離れ離れになった浩介のことを
憐れんでいたのかもしれない。
しかし、当然のことながら、浩介の胸のある部分はいつも渇いていた。
父親が健在で、親子三人が一緒に暮らしていた頃は
それが当たり前のものだと思っていた時間が、
とてつもなく貴重なものだったことに今更ながら気づき、
それが決して帰ってこない時間だと辛い気持ちになった。
父の陽一は夜に働く男なので、昼間はいつも寝ていた。
休日などはほとんどなかったが、浩介の学校が休みの日は、
眠い目をこすりながら起きてきて、キャッチボールなどに
付き合ってくれた。
無口で無骨な、よく客相手の仕事が務まるものだ。
と子供心に思った。
父は息子に優しかった。
そうしてたまのキャッチボールが終わり、家に戻ってくると
母は夫に
「ご苦労様」
と笑顔で声をかけ、浩介には
「良かったね。」
と言って、頭を撫でた。
仕事の都合でたまにしか構ってもらえない浩介のことを
いつも気に病んでいたのだろう。
そんなときの母はとても嬉しそうで、
今考えれば、陽一は浩介のためだけでなく、そんな千織のためにも
疲れた身体で息子の相手をしてくれていた。
優しい母だった。経営状態の思わしくないフラジャイルを助けるため、
自らもパートで働きながら、休みがあれば浩介を連れて
どこそこへいってくれた。
一度だが、千織はフラジャイルへも浩介を連れていったことがあった。
無論、店が開く一時間ほど前のことで、
「いきなり来るなよ」と怒った素振りを見せながら、
照れたように千織と浩介を店の仲間に紹介していた。
普段の生活とはまったく違う場でも千織は堂々としていて、
「陽一の家内です。こちらは息子の浩介です。」
と店の者に落ち着いた挨拶をしていた。
だいたいが千織は、顔や姿だけ見ればいかにもたおやかな、
おとなしげな風情の女なのだが芯は強くて、
夫婦喧嘩などをしても陽一に負けることはなかった。
一度、上級生の子供に浩介が虐められ泣きながら帰ってきたとき
カンカンに怒って、相手方の家へ直談判に行ったこともある。
あのときは家に帰っても母があまり怒っているので、
終いには浩介のほうが吃驚して、母を宥める始末。
翌日父親はその話を聞くと、
笑いながら浩介を抱きしめた。
思えば幸せな日々であり家庭だった。
今、父はすでに亡く、母は東京でひとり奮闘している。
自分は祖父母や仲の良い友達に囲まれて暮らしている。
そんな彼も時々限りなく独りのままのような不安感に襲われてしまう。

(このままの生活がずっと続きいつまでも別々なのでは・・・・。)

と。

その夜。
布団に寝そべりながらそんな思いに囚われて身を震わせると
布団で顔を隠した。
隣の祖母が、
「どうしたんだ?浩介や」
と聞いたが、返事もせず、そのまま眠ったふりをした。

祖父母の家へ時々母から電話があったが、
仕事の関係でたいていは浩介が学校に行っている昼間に
かかってくる。
だから、当時の浩介は母親の声を聞くことさえ稀だった。
学校が夏休みのある日久々に電話越しに母と話すことができた
「浩ちゃん? 」
「元気にしてる?」
久しぶりの母の声は以前と変わらない温かさで、
浩介の寂しさを慰撫し、そして一方では会えない寂しさを
一層かきたてた。
「元気。」
「お母さんは?」
「 お店はうまくいってる?
」本当に聞きたいことはこんなことではなかった。
お店のことなどどうでもよかった。
いつまた会えるか、いつになったら一緒に暮らせるのか?
それだけだった。
しかしそのことを素直に口に出せなかった。
「大変だけど、なんとか頑張ってるよ。」
「浩ちゃんもお爺ちゃんやお婆ちゃんに迷惑かけないように、いい子にしていてね」
「迷惑なんかかけてないよ。」
拗ねる浩介に
くすりと笑って、
「解ってるよ。」
「ごめんね。」
と言った。
結局、本当に聞きたいことは聞けず、千織も何も言わずに終わった。
電話が切れてからも暫くの間、受話器を耳に押し付けたまま
廊下にぼんやりと立っていた。
季節は変わり、やがて愛知にやってきてから
初めての冬が来た。
その年の冬は寒く、毎朝学校へ通う道も凍るようだったが、
それでも浩介の心は晴々としていた。
年末に母がやってくる。
少しだけ休みがとれそうなのでこっちへ来ると
電話で祖母に話したらしい。
たった一日。
それでもよかった。
少しも充分ではないが
ともかくも浩介は嬉しかった。

一日千秋の思いで待ったその日。

駅まで母を迎えに行った。
「浩ちゃん。わざわざ迎えに来てくれたんだ。」
ホームの改札で浩介の姿を認めた母は笑顔で声をかけてきた。
浩介はものも言わず走り寄り胸に飛び込んだ。
照れ屋の浩介だった。
そのときは何を考えるでもない。
ただ、会えた嬉しさで一杯だった。
涙が後から後から頬を伝って流れた。
「ありがとう、浩介。」
千織は深い慈しみのこもった声で囁きながら、
小さな浩介の身体をぎゅっと抱きしめた。
その瞳も涙で滲んでいた。
最後に顔を見てから半年以上経っていたが、
母は以前と同じように綺麗だった。
いや、客商売で洗練され、言わば都会の美を磨かれ身につけた
浩介と話をしているときは昔のままなのだが、他の人間と話す
彼女の様子を見たとき、浩介は母の物腰や話し方に
以前と違う雰囲気を感じた。
千織はそのは祖父母の家でゆっくりと過ごした。
ようやく調子を取り戻した浩介がはこの半年の期間にあったこと
思ったことを夜遅くまで喋り続け、
千織は優しい目でそんな浩介を見つめていた。

翌日。

昼の電車で母は東京へ戻っていった。

別れ際。
「何時になったら。」
「いつになったら一緒に暮らせるの?」
息子の言葉に、
大きな瞳を動かしそっとため息をつくと
「もうすぐ・・・。」
「そう、もうすぐよ。」
「お願いだから、もうちょっと我慢して。」
「この次は、もっと浩ちゃんと一緒にいるようにするから。」
そう言い残して。

凛として背筋をぴんと伸ばし、駅のホームに立つ彼女の意識は、
すでに東京に飛んでいるようだった。
そんな母を美しいと思いつつも
引き裂かれる辛さに震えた。
すぐに
「判った。」
とは言えなかった。

小さい田舎町のこと、噂はあっという間に拡まる。
「お前の母ちゃん、すげー美人なんだって?」
「お前と一緒に歩いてるところを父ちゃんが見たんだって。」
「ちくしょー、いいな。」
翌々に会ったとき啓太が羨ましそうに言う。
「別に。普通だよ」
ぶっきら棒に言いながらも、浩介は内心得意だった。
「うちの父ちゃん、すっかりファンになっちゃった。って
あんまり誉めるもんだから終いに母ちゃんがぷりぷりきちゃって大変だったぜ」
その場は大笑いした浩介だったが、啓太と別れて家に帰る途中、
その話を思い出し、動揺した。
(たしかに母は綺麗だ。)
(綺麗で、頑張り屋で。そして優しい。)
「あんた、くれぐれも男には気をつけるんだよ。」
「未亡人だと知って、簡単に手を出す男がいるからね。」
「商売が商売だしね。」
この前の夜、浩介が風呂から出てきたとき、居間のほうで
祖母が千織に言っている声が聞こえた。
「変な心配しないで。私なら大丈夫だから」
母が笑いながら柔らかく答えたが、気のせいか
その声はいつもの母のトーンと違っていたように思う。
「あんたねえ。」
祖母がまた何か言いかけたところで浩介がやってきた。
その話題は立ち消えになったのだが、
あのとき祖母は続けて何を言おうとしていたのだろう。
聞くのが怖くなりそれきりそのことは考えないことにした。


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