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東京タワー 僕と母とときどきxxx。

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僕は子供の頃両親が離婚し、母子家庭で育ちました。
幼稚園の頃、酷く酔っ払った父が夜中に帰ってきて、
玄関で大声を出して喚き散らし、母を呼びつけ、
いきなりその場で嫌がる母を
押し倒しました。
大きな物音と母の悲鳴を聞いて
泣き叫ぶ僕の傍で父は母を犯し続けました。
それが、母と父と僕の3人が暮らしていた
最後の思い出です。
数日後。
母は、酒乱の父と別れ幼い僕の手を引いて
実家に帰りました。
それから
母は、女手一つで僕を育ててくれ
大学まで出してくれました。
酒乱の父から解放された母はまだ若く、
美しい女性でした。
自分は地元の大学を出て寂れた町から逃げるように、
東京の会社に就職しました。
アパートで独り暮しをすることになりました。
ある春の日。
駅まで見送りにきてくれた母が
僕に持たせた旅行バッグには、
新しい下着、おにぎり、そして皺苦茶の一万円札が。
夜行列車の中、母手製のおにぎりを食べながら、
涙を堪え切れませんでした。
憧れの東京に出てきた僕は、東京に着いてすぐに、
窓から東京タワーが見える6畳一間のアパートを
借りました。
僕は、苦労して育ててくれた母に親孝行がしたくて、
母に手紙を書きました。
「東京タワーが見えるアパートを見つけました。」
「最初の給料をもらったから、汽車賃を送ります。」
「ぜひ東京見物に来てください。」
一ヵ月後。
「ほんとうに行ってもいいですか。」
そういう手紙がきました。
遠慮していた母が10日間の休みをもらって、
東京に出てきました。
初日。
僕が、勤めから帰ってくると、母が夕食の用意をして
待っていてくれました。
その日は二人でビールを飲んで、話が盛り上り
寝るのも12時近くになっていました。
一組しかない布団を、押入れから出して敷いていた母が
「ねえ新しいシーツある?」
「なんで?」
母は微笑んでシーツを指差し
「だってシミだらけなんだもの」
「なにそれ?」
とトボケて見せましたが、自分の顔が
赤くなっていくのが判りました。
「クスッ、毎日自家発電やってたの?」
「別にそんなに赤くなんなくても。男なんだから普通よ。」
今まで母とこんな会話を交わしたことが無かった僕は
恥ずかしさで一杯でした。
そんな僕の気持ちを察して母は手際よく
新しいシーツに取り換えると、
さっさと布団の中にもぐりこみました。
僕も続いて布団の中に入って電気を消すと、
窓からオレンジ色の東京タワーが綺麗に見えました。
狭い布団の中で母とくっついて寝ていると、母の柔らかい体に反応して
ペ○スがどんどん硬くなっていきました。
やばいなあ思っていたら、母が僕の股間にやさしく手を置いてきました。
「母さんと一緒に寝ているとこんなになっちゃうの?」
「別に恥かしがらなくてもいいじゃない。」
「いまが一番そういう年頃だもんね。」
と母が言いました。
僕はその言葉にホッとして母に甘えて言いました
「ね。」
「子供のときみたいに母さんの、おっぱい触っていい?」
「えっ?おっぱい?」
そういうと母は寝巻の前を少しだけ開けて
おっぱいを出して僕が触りやすいようにしてくれました。
母は当時47歳でしたがおっぱいは素晴らしい張りと弾力で、
僕は夢中で母のおっぱいを触りました。
豆電球だけの暗い部屋で、ずっとおっぱいを揉まれているうちに、
母も感じてきたのか、目を閉じたまま、肩で息をするようになってきました。
そのうちに、母の乳首が硬くなって立ってきたので、
僕は唇をつけてそっと吸ってみました。
母のおっぱいを舐めたり吸ったりしていると、母も息が荒くなってきて
感じているようでした。
僕はたまらなくなって、母のおっぱいを吸いながら
片方の手で自分のペ○スを扱き始めました。
母が優しい声で
「仰向けになって。」
「母さんが手でしてあげるから。」
と言ってくれました。
僕は黙って仰向けにって目を閉じていると、
母の手が僕のペ○スを優しく扱きはじめました。
僕のペ○スは母の柔らかな手に包まれ
膣内に挿入しているような感触でした。
母の手の動きはゆっくりとして、頭が痺れるような快感が
ずっと長く続いていました。
僕のペ○スからは先走り汁が出て
ヌルヌルになっていてピクピクと痙攣を起し始めていました。
そのとき、母が動かしていた手を止め、
突然、僕を跨ぐようにして、上になるとゆっくりと
腰を落としてきたのです。
グニューッという感じで僕のペ○スは
母の膣穴に根元まですっかり入ってしまいました。
母は微かな声をあげ腰を激しく上下させていました。
僕も初めて味わう母の膣穴の感触に
腰を激しく上下させていました。
「もう生理はあがったから中に出してもいいよ。」
と母は絞るような声で言いました。
でも、その声を聞いたとたんに、僕は母の膣穴に
大量の精液を放出してしまいました。
母は泣くような声をあげて僕の体にしがみついてきて、
さらに激しく腰を上下させていました。
母が叫んだかとおもうと、僕の胸の上に倒れ込んできて、
膣穴をヒクヒクさせながら繋がったまま僕を抱きしめて、
余韻に浸りながらお互いに眠ってしまいました。
朝になるともう母が起きて朝食を用意してくれていました。
僕は、母が作ってくれた朝食を急いで食べて、会社へ出ました。
その日は仕事中、母とセックスをしたことが頭から離れませんでした。
よく言う後悔とか罪悪感とかいうものではなくて、
ただ母の膣穴の感触がペ○スに残っていて、
ちょっと考えるだけで所かまわず勃起してしまって
本当に困りました。
会社から帰ると、僕は正直に
「今夜もまたしたい。」
と母に告げました。
母は少しはにかんだような顔。

それから僕はもう母のセックスの虜に
なってしまいました。
毎日、会社から帰ってくると、食事のまえに
母と一緒に風呂に入って風呂場でセックスをするのが
一つの楽しみになっていました。
会社が終わってアパートに着くころには7時を過ぎているので、
母は夕食の準備して待っています。
僕は、アパートに帰り着くと自分の服を脱ぎ捨て
母をせかせるように裸にして、風呂場に呂場に
連れていきました。
湯船は一緒に入れるほど大きくないので、交代で湯船に浸かって
温まると、洗い場に出て
「母さん、いつもの」
と言うと母はおっぱいを持ち上げて僕の前に差し出してくれます。
初めての時以来これが気に入ってしまって、
風呂にはいるといつもそうしてもらいました。
オッパイを揉み上げながら乳首をチュウチュウと音を立てて吸います。
母の息遣いが荒くなってきたことを確認すると僕は、
立って向かい合っている母の片足を湯船の淵に乗せて腰を引き寄せ、
僕の腰を突き出して結合します。
初めて一緒に風呂入ったとき。
「ホラッ、母さんの中に入ったよ。」
湯気の立ち込める中で2人の性器が繋がっているのが見えます。
少し腰を引くとペ○スがズルズルと出てきました。
腰を押し出すとペ○スの先が母の膣穴の奥のコリコリした
子宮の穴にぶつかりました。
僕のペ○スがそこを突くと声をあげて母がよがるので
僕はそれからはいつもそこを狙うようにして突きました。
「母さん、気持ちいい?」
「いいっ」
僕はさらにピストンを激しくしていきました。
しばらくすると母の声が途切れ途切れになって
母が逝きそうになってきたので、母の腰を引き付け
これでもかというくらいピストンしました。
母もそれに応えるかのように膣穴を僕に擦り付けてきました。
「そろそろコリコリしたところに挿入するよ、いい?」
「うん、ゆっくりと開いて」
その言葉を聞いて僕はペ○スの先を母の子宮口に
ぴったりと合わせると、母の腰をしっかりと引き寄せながら
ズイと子宮口を押し開くようしてペ○スの先端を挿入して
直接射精しました。
子宮内に精液を注ぎ込んだ瞬間、
母は何ともいえない声を出して逝きました。
その日の二回目は夕食を食べてからでした。
母が食事の後片付けをしている後姿をビールを飲みながら、
見ていたらまたムラムラとしてきて、母の後ろに回って
首筋や耳たぶにキスを子ながら、おっぱいを揉みました。
「くすぐったい」
最初はそう言っていた母もしばらく続けているうちに
息が荒くなってくるのが分かりました。
僕は強引に母を畳の上に寝かせると、下着を剥ぎ取り正上位で
挿入しました。
まだ先ほどの余韻で母の膣内は火照っていてヌルヌルでした。
僕がピストンをしていると母が
「東京タワーから誰かに見られるわ」
とつぶやきました。
「大丈夫だって。誰も見てないって。」
僕は母の体を起こして、窓に向かって四つんばいして
母の腰をつかんで、後ろから挿入しました。
僕はオレンジ色のきれいな東京タワーを見ながら、
母の膣穴にペ○スの連打しました。
母も押し寄せる快感に我を忘れて声を出して絶頂を迎えていました。
しかし、つかの間の幸せに、
「いつかはやってくる母との別れの日」
が確実に近づいていました。
10日目の朝。
一通の置手紙と、朝食を残し、母は実家に帰っていきました。
それから一年もしないある日。
母は癌を患い、他界しました。
オレンジ色にそびえる綺麗な東京タワーを見上げるたび、
母との夢のような秘め事を思い出し
胸が熱くなります。
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