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残酷な月

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母親に比べ息子の慎也は出来がよかった。
母の美穂は19歳で彼を産み、その後
二度結婚し、失敗した。
だから、慎也は誰一人頼れる人間も
おらず、健気に頑張った。
あまりにも母がだらしなかった。
本当に息子を愛しているかどうか
判らないが彼は母を心底愛していた。



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ずっと昔。

そう、物心が付いてから
ずっと母だけを思ってがんばった。
いつか、
「一緒に幸せに暮らそう。」
と、がんばっている
勉強もできたが
自分の夢=母を幸せにすること=を
追い駆けるから進学する気もない。
母子が借りている市営アパートに、
たまにしか帰って来ない母のため、
バイトに明け暮れ掃除洗濯すべてこなし、
新聞も読み、母の変わりにゴミ出し係も
ちゃんとした。
孤独を感じる暇もなかった。
そんな慎也を尻目に、母は遊び歩いていた。

「慎也の側に居ない方が彼のためには良いのだ。」

と思っているから始末に終えない。
彼女は月に何度か、、無心するために息子を訊ねてくる。
性根の曲がった性分は直らない。
慎也はいつ来てもいいようにちゃんと
準備している。
来るだびに母は変わっている。
太ったり
痩せたり
スーツ姿だったり。

いつの頃か、背丈だけ
母と子は入れ替わった
「すごく大切なことを忘れている気がする。」
「なんだろう?」
思い出せない。
時折、慎也はそんな思いに襲われる。
夜空に流れる雲を見上げ、
月の影を追い駆けている。
それは幼い時にうける愛情の記憶だった。
失った憧憬への思いは常に残酷だ。
こんなにも孤独に耐え、真面目に頑張る
ひとりの少年の胸にもそれは訪れる。
記憶にないものを思い出させようとする月の
残忍さは、悪魔より始末がわるい。

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こんな母子がはじめて真剣に言い争ったことがあった。

「高校なんかいかない!」
「なにを言ってるの!」

(あれ?)
と思った。
こんなに老けた母を見たことがなかった。
母が本心から必死になると、
その顔にシミや皺も目立った。
日頃の振る舞いから、まだ若いと思っていた母が、
一気に中年の女性の顔になる。

彼は自分の成長の鈍さを恥じた。

この世には眼に見えなくても確かに
存在するものがある。

母と子のかけがえのない愛が
それだと思っていた二人は
夕方の浜辺で思い知らされる。
母子愛は男女愛にすり変わり
宿命と思い込んで
抱き合ってキスをした。
ふたりは、心のままに
愛し合う。
母と子は今までの不遇な半生を
一気に取り戻すかのように
激しく肉体を求め合う。
その激しさが目には見えないが
確かに存在するなにかの
機嫌を損ねてしまう。

深夜のバイトからの帰り道・・・・・。

彼が車に轢かれ死んだ。
短い十数年の人生だった。
しかし彼にとっては
夢が叶い母といや
妻となった美穂と
愛し合うことができて幸せだった。

取り残された者には、地獄のような日々。
美穂は何度も彼の後を追おうとする。

でも。

母親は息子の子供を身篭っていた。
息子いや伴侶と呼ぶべきか。
彼は事実を知らず旅立ち
母は苦しみから抜け出せない、
いますぐ慎吾の元へ行けない。
バカで性根の曲がった者ほど、
その理屈だけは骨身に染みてわかる。
妙だが、居なくなってからの方が
愛が強くなっていく。

実の子としてではなく愛した男としてだが。


SRC=Macsho1so氏 鵺伝説#060>
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